結局は趣味の違い? | ||||
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先月だったか、フランスの憲法裁判所で、「75%の所得税は、(高率すぎて)、違憲」という裁判が出た、との新聞記事があった。憲法裁判というのは、もともと法的というよりも政治的なものなのであろうが、それにしても、何パーセントから違憲になるかなどと言うことに、具体的な法的基準があるはずもない。 何事でも、いろいろと意見の違いがあるし、私が商売の糧としている一般の法律実務についても同じである。むしろ、違いがあるおかげで、商売が成り立っているような面すらある。それで、それらを突き詰めると、どうも、結局は、個人個人の趣味(生き方)の違いがその根底にあるような気がしてくる。「たで食う虫も好き好き」であり、もし趣味の違いがいろんな判断の差の本当の理由なら、これはいくら話をしたり議論をしたりしても、解決しないはずである。 多数決で、より多くの人の趣味を少数派に押し付けるしかないのであろう。ただし、押しつけるというのは、少数派の人に、その趣味を変えることを強制するようなものであってはないであろう。あくまで、多数派の趣味を、「その趣味の人の数の方が多い」として、少数派に認めさせるにとどめるべきであろう。趣味は、時代や場所で変わるのであり、何か正しい趣味があるかのような勘違いが生じるとよくない。趣味は、出来るだけ多様であることが、本来、望ましいと言えそうである。 一昨日も、「婚外子の相続分を半分とするのは、憲法の定める平等原則に違反する」とする地方裁判所の判決が、新聞紙上で話題になっていた。こうした家族のあり方をどう見るかということは、法律の衣を着てはいても、本質は、完全に、趣味の問題であろう。そして、原発をどうするかという議論も、突き詰めれば、どうも、趣味の問題のようである。 私なぞは、こんな化け物のようなものを扱って生態系を壊したり、後の人に迷惑をかけるリスクを冒すより、人間はつつましく生きる方がいい、少なくとも、放射能以外の形でリスクを取る方が、少なくとも今の時点では、まだましだと思っているのだが、そうではない人、より正確にはそうではない趣味の人も、いるのは当然である。どちらが正しいなどと言ってもはじまらない。趣味の問題であるから。 そして、もし、多くの重要な問題が本質的には人々の趣味の問題であるとすると、それにつきあれこれ議論をするのは、ちと、もったいない気がする。どうも、時間の無駄のようなのである。でも、ここで困った問題がある。 趣味とはいえ、その趣味に忠実に生きることは、これはこれでまた難しい。大抵の人は、自分の趣味を犠牲にして、あるいはそれを隠して、日々の生活を送っているのがその実態であろう。 趣味としては、原発は嫌いだが、諸々の事情から、やめるにやめられないという人も、これまた多くいるはずである。恐らく、本当に原発の安全性を積極的に信じている人の数より、この仕方なし派の方が圧倒的に多いと思われる。実際に原発の施設で働いている人などは、表向きはともかく、ほとんど全員がこの仕方なし派であろうと想像する。 趣味と実益のぶつかり合いというところが、どうやらこの問題の半分の真相のようである。 そもそも、趣味そのものには甲乙はつけられないうえに、人間は、常に趣味と実益のはざまでさまよっているのであろうから、多くの問題が永遠に解決しないのは、当然であろう。私自身は、少々の実益は犠牲にしてでも、できる限り自分の趣味を大切にしたいと思ってはいるのだが、それでも、いつもこの二つのせめぎ合いには悩まされている。でも、そうして悩んでいるうちは、まだ健康であるとも信じている。今年一年も、また、この続きであろう。 |
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